具体で真似るととんでもない

すごい人に出会う率が高い

すごい人から目をかけてもらう率が高い

 

 

そんな人の話を聞いていました

 

 

その方はすごい人を

▶︎ニックネームで呼ぼうとする

▶︎推しだと言う

 

 

具体で聞くとこんな感じで

いたずら心が働く、だったか

そんな話もされていました

 

 

これ

もし自分の目の前にすごい方が

おられたとして

そのままマネても意味がありません

私の場合は話をこう捉えていたから

 

 

▶︎親しみを持てばいい

▶︎ファンになればいい

 

 

だから尊敬する方と距離を縮めることが

飛躍するきっかけなのね

と思って聞いていました

 

 

 

ところが

この方の意図は

「誰もやらないであろうこと」を

しようとしての行動だったのです

 

 

 

…全然違いますよね

 

 

すごい方に対して

みんなはこういう接し方をするであろう

だけど私はこう呼びたい!

推しと言いたい!

 

 

 

たとえ相手の機嫌を損ねて

近づくこともできなくなったとしても

 

 

 

言いたい!

 

 

 

結果はどうでもいい

とにかくやりたい!

この一択だったわけです

 

 

 

私がもしその意図を知らずに

自分の勝手な解釈で

どんなタイプの人にも

馴れ馴れしくしていたら

単なる鬱陶しいヤツになっていた

でしょう

 

 

これって瓶の話と同じ構造

ワイン(酒)の瓶て細いところがありますよね

瓶の頂点にすごい人がいるとしたら

底にいる人はその他大勢(一般)

 

 

すごい人の中に入るには

ぴょーんとあの細いところまで

飛んでかないといけない

 

 

 

そのためには

その他大勢と同じことをしていては

底のまま

 

 

だからすごい人が困っていることに

力を貸せれば一気に上がれるわけ

これって相手をよく知らないと

できないですよね

 

 

 

ただ遠くから「すごい人」認定してたら

何に困っているのか

私には何の力が貸せるのか

見えてきません

 

 

 

よぉーく観察して

ずーっと観察して

(観察)したくなるほどハマってることが

ポイントです

 

 

この構造が

「推し」とかニックネームで

呼びたいも似ていると思って

 

 

 

相手は別に必要としてるわけではないこと

だけれど

他の人はまずそんな言い方しないよね

そんなカテゴリーに入れないよね

相手だってそんな扱いされるなんて

思ってもいないわけです

 

 

 

でも人って

いつも同じ扱い方されてるより

え?私ってこんなカテゴリーな

こともされるの?

 

 

と意表をつかれたりすると

そうした相手のこと

忘れないんじゃないかな

 

 

 

これが無礼ととるかが人によるけど

少なくともそれまで「大好き」「尊敬」

を示してきたのなら

伝わるのではないかな

 

 

 

とにかく具体だけでは

行く方向がずれてしまうので

要注意ですね